真谷 傑 (ペンネーム渋谷 真一朗)
高校時代、国語(文章表現)の教師から物書きの道に進むことを奨められ、
卒業後はそちらの進路を目指そうとするが、親に軌道修正され四大文学部へ。
大学時代、講義には殆ど顔を出さず、社会勉強よろしくバイト三昧。
大学3年の時、幼馴染みの提案で芝居の道へ。
人生経験とネタ作りのためと高を括って、某劇団のワークショップに参加するが、
いわゆる演劇的な雰囲気にひく。
暗黙裏に全員強制参加となっていたその劇団独自のアップにも一人参加せず
周りに溶け込めずにいたが、他の人が演技しているのを見ていて、
「なぜもっと自然にできないのか…」と思っていた。
自分が演じる番になり、人生初の役者体験をすると、それまで沈黙を貫いていた主宰に
「おまえそれでいい」といきなり褒められ、
どういうわけか次の日から周りの人が妙に親切になった。
「これでいいのか」と、空手をやっていた時以来、人生二度目の手応えを感じると共に、
自分ではない誰かになりきることにハマり、
以降、舞台や映像に出演するきっかけとなり、暫くは手当たり次第に舞台に出まくる。
その頃共演した友人と、ライヴハウスで30分のコントをやることになり、
初めて脚本・演出・出演。
その時に命名したのが『GOKAN』である。
その後、共演者に背中を押される形で『GOKAN』を劇団化。
しかしあまりに厳しい演出から、メンバーが誰も居なくなってしまい、
以降一人でプロデュース公演を続ける。
紆余曲折あり、2005年再び共演者の勧めで『GOKAN』を劇団化し、
その時に『GOKAN』から、新生『GOKAN。』へと生まれ変わる。
ただ『。』をつけただけだが、口頭で説明する時にけっこう面倒なので、
今となってはちょっぴり後悔している。。。
戯曲を書くこと、舞台公演のノウハウにもだいぶ慣れ、
2006年には四本の公演の戯曲の執筆、
毎月恒例になったライヴハウスでのコントの執筆、
またポッドキャスティングも半年間放送、企画力と喋りでも好評を得た。
執筆作品を外部に発表し始めたのは2007年からで、
最初に応募した「演劇空間」というサイトの企画公演の脚本家募集で
プロットが買われ、脚本家として携わることとなる。
「演劇空間」Presents、演劇ムーヴメント第一弾、『4:4:1』を執筆。
2007年は三本の公演を成功させ、
2008年6月、第12回目の公演『ステイル・メイト』では、自身初のシリアスストーリーを解禁、
上演した劇場の観客動員記録を更新し、沢山の好評を頂く。
現在、2008年12月の公演に向け新たな企みを画策中。